亡き母のためのパヴァーヌ(3)
前回の続きです。
実家に着くなり、私は怒られ続けました。
親族に囲まれて、怒られました。
反論せず、頷きもせず、ただただ嵐が過ぎるのを待つように、聞き流していました。
子供が親の死に目に会いに来ないとは!
亡くなった直後にかけつけないとは!
母親が今際の際に信仰を守れと言っているのに、
信心深くない上に、旦那を改宗させないとは!
子供に恥ずかしくない親になれ!
…と、いきなり言われ続け…。
あの・・・、私、一応、早く母親の死を悼みたいのですが?
って言うか、母親としてダメ的なこと、言われる筋合いはないんでは?
と内心思っておりました。
死に顔は病室での母親の表情とほとんど変わらず、
ああ、安らかに逝ったんだと思うのと同時に、
どうにも亡くなった実感が持てないままでした。
通夜会場に行くまでに、母は映画『おくりびと』の如く、
湯潅の後、身支度、納棺の流れになっていたのですが。
母から死に化粧を頼まれていたので、それまで実家に居続けたのです。
その間に、聞くわ聞くわ。悪口。
メガネ家にいると忘れてしまうのですけど、本当に我が家って悪意に満ちているんですね。
誰かが誰かのことを必ず愚痴っていたり罵っているわけです。
元々、なぜかその愚痴を聞く役割を担わされていたのですが、
私のことをしかりつける割にはなぜまた私にこぼす?
というツッコミをしたかったです。
死に化粧、と言っても口紅だけですが、
するために業者さんの担当から呼ばれた時、
母親の眼は閉じられ、口は少しほほ笑む形にされ、
顔色も綺麗に化粧されていました。
母親に似合いそうな口紅を持って行っていたのですが、
持っているものでもっといいものがあるかも、と、
メイクボックスを開けて驚きました。
私が大学生の頃に、母にとても可愛くて似合うとあげたグロスが、
大切に取ってあったのです。
ああ、きっとこの頃の私が、母にとって『素直なjunco』として記憶されているんだろうな、と切なくなりました。
よく
「juncoはメガネさんに影響を受けて今のような親不幸になっているけれど、
目が覚めて反省し、元の親孝行な子になる」
みたいなことを仄めかしていたので。
綺麗に化粧でき、さて納棺、という時、祖父と父親から業者さんにダメ出しがされました。
彼らの信仰の教義で、理想の死に顔というのがありまして。
『半眼で口も半開き』が成仏ゲットだぜ★の証なんだそうです。
「ちょっと直してくれんかな」と頼む二人を見て、ゾッとしました。
私もその教義は子供のころに聞いていたので知っていたのですが、
それは自然にそういう形になったらという前提だと思っていたからです。
担当の人が部下の人に「ジュラルミン持ってきて…!」と言い放つのを聞いて、
「ちょっと待って!」と祖父達に言いたいのを堪えました。
「あんたたち、今からどういう作業をされるか想像せずに言ってるでしょう?」と言いたかったです。
口を出すということは、実家の人たちの中に入り込んで動き出すということ。
私はジュニアを守るためにも、徹底的に傍観者でいたかったので、黙りました。
母の顔は、半眼になっていました。
不自然に前方を見つめる黒い部分。
最初見た時は瞳だったのが、“瞳らしきもの”に。
お母さん、あなた、これで良かったの?
悲しい質問が宙に浮いたままでした。
通夜会場は、母が深くのめり込んでいた信仰の信者さん達がたくさん詰めかけました。
私が忘れてしまっていても、相手が私を子供の頃から知ってる人が、
涙ながら駆け寄って、励ましの言葉を置いていきました。
そのたびに、ジュニアを抱きしめながら、
「この子がいてくれたおかげで、親孝行ができました。」
と泣きながら言いました。
私が私らしくあり続ける限り、母親は私に不満を持つので、
その言葉は本心でした。
ですが。
涙の理由は、母が亡くなったことではありませんでした。
何死んじゃってるの?
私が幸せだってずっと信じなくて、幸せの本当の意味気付かないまま、
目の前にあったのに見ようとしないまま、
何死んじゃってるの?
アホじゃないの?
そう言いたくて言いたくて、悲しくなって、アホだなと思って泣けました。
ジュニアはその晩、会場を出て、家族3人になった瞬間から泣きっ放しでした。