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亡き母のためのパヴァーヌ(2)

前回の続きです。


私の母への嫌悪感は、
『許す・許さない』『恨む・恨まない』などなどを飛び越えました。


メガネさんが「お見舞いには行けるだけ行こう」と言って、連れて行ってくれました。

ジュニアが病室にいる間だけ、母は正気を戻していました。


その様子を見聞きした祖父からは、
ジュニアがきっと延命装置に見えたのでしょう。


私のところに3日と開けずに祖父から連絡が来るようになり、
怒ってみたり、情に訴えようとしたり、泣いてみたり、
「きっと今夜が峠やからこちらに来るように」と言われ続けました。


もちろん、往復5時間以上ものドライブを週に何度もできるほど、
私もジュニアも体力がないですし、メガネさんも仕事があるので、
無茶な要求はスルーして、自分たちの精一杯のことをしました。


守るべきはジュニアであり、私たちの生活。

ぶれたり、罪悪感を持ったりしなかったのは、ジュニアの存在のおかげでした。


そして、母は亡くなりました。
痛みはなかったそうです。


亡くなる直前から何度も母のところへ行くよう祖父や兄から言われましたが、
冷静な父親と話をつけて、
亡くなった日の夜も、我が家で過ごしました。


翌日からはお通夜と葬儀のために、
朝早くから出発して宿泊もしないといけませんから、
私はいつものジュニアのお世話プラス宿泊の準備を、
メガネさんは仕事のまとめをしました。


怒涛の毒ファミリーと過ごす時間が、とうとう始まりました。

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